ブータンの憂鬱
 
平成19年1月31日

 ヒマラヤの山懐に抱かれたブータン王国は、長い間外界と孤絶し、独自の文化を育んできた遥かなるノスタルジックな国である。旅人の目には時を超え、遥かなる呼び声の懐かしい国と映るであろう。しかしそこに住む生活者の目で見ると必ずしも遥かなる呼び声の国とは映らない。多くの憂鬱が潜んでいる。

 ブータンに来て、先ず驚くのは度々の停電と薪ストーブ、底抜けの静寂と犬の遠吠えである。音のない生活がこれほど憂鬱とは気が付かなかった。停電は乾期の冬は特に多い。午後1時になると概ね停電、仕事はストップである。夜はいつ点くとも解らない時間をろうそくの火でひたすら待つ。薪ストーブは着火が大変。点いても放っておけばすぐ消える。薪を入れるタイミングが難しい。一晩中、薪と格闘したこともある。風呂があるのはせいぜいホテル、農村に行けばシャワーすらない。川か共同炊事場で洗うのが当たり前。トイレは屋外、とてもまたげる代物ではない。家畜との共存、牛の糞の多いのにも悩まされる。そして悪臭。住居は、外見は立派だ。しかし中は板の間、座って食事、しかも手づかみ。決して衛生的とはいえない。時々ダニの襲撃にあう。
 ぱらぱらご飯に唐辛子、脳天に突き刺さる。それにエマダツィ。チーズの煮込みだ。食生活に馴染むのはどこの国でもそうだが、なかなか難しい。バター茶とターチュはどうしても飲めない。バター茶はお茶にバターと塩を混ぜたもの。ターチュは乳清。清涼飲料としてよく食事のときに出される。それにドマである。ビンロウジュの実を水で練った石灰とともにキンマの葉に包み、くしゃくしゃと口を真っ赤にして噛むのである。しかもあたりかまわず吐き捨てるのだ。どうしても馴染めない。ブータンの臭いはこのドマの臭いと言っても好いかもしれない。ヒマラヤを背にしながら、水のまずいのにも驚く。ほとんどの家庭が渓流の水を引いて飲み水にしている。沸かさなければとても飲めない。

 服装はなかなかしっかりしている。ドテラとも丹前とも言う人がいるが、ゴはブータンの制服である。しかし座った時、股の奥のパンツまで見えるのはどうも頂けない。それを見せないために、内股にしているのもまた奇妙である。子供のゴは可愛いが、すねを出した大人のゴは今ひとつ馴染めない。外国人はネクタイ着用が原則であるが、公式行事以外はネクタイをしたことがない。
 山間で、日の出が遅く日の入りが早い。朝日と夕日は見たことがない。空が狭く圧迫感があるのも憂鬱の種だ。
 憂鬱の種は全て環境、文化、民族、経済などの違いに起因している。決してそれが悪いのではない。歴史の違いなのだ。日本語ドルジが「それでもブータン人は楽しく、幸せに暮らしている」と言った言葉が思い出される。「それは日本人から見た目でしょう」。これらの言葉が真実を語っているような気がする。民主主義の強制、文化の押し付けが国際貢献とは思わない。アメリカ文化が世界最高の文化でもない。地球は多様化した文化の集合体であり、画一化すべきものではない。このブータンの憂鬱を理解することから国際交流、文化交流の第1歩が始まる。

    
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