ブムタン農村調査アラカルト

平成19年2月20日 

 ブータンには20の県(ゾンカク)がある。各県の県庁には城(ゾン)があり、聖俗両方の中心として行政機構、司法機関及び僧院の機能を果たしている。県には村(ゲオグ)が行政単位としてある。全国に201の村がある。
 農村調査は各県200農家、全国4000農家を基礎データ、問題点、要望等30項目を調査票に基づき、聞き取り調査するものだ。学生5人の協力を得て、地元ブムタン県の4村(チョコール、タン、ウラ、チュメ)の農家調査を実施した。

 先週末の山火事で黒く焼け焦げた山肌をウラへ向かって通過する。この山火事、金土日と3日間燃え続け、思い思いに松の枝で消火に当たった。私も土曜日に駆り出され消火に当たったが、松の枝ではとても火の勢いには勝てず、途中で自然消化を待つことにして帰った。何しろノーコントロールだ。各自勝手に消火に当たり、手に負えないと思うと「虫焼きになり、いい草が生えるだろう。牛はハッピー」とか言って、これまた勝手に帰ってしまう。ついに知事のお出ましとなり、結局は道路が防波堤となって鎮火した始末である。

 村人が寺院に集まっている。早速調査に取り掛かる。洟垂れ小僧たちが周りを取り囲んでいる。楽しみがないのか、何の集会にも子供たちが必ず集まってくる。その数の多いこと。その様子でその村の豊かさ加減が解る。今、ブータン政府は出生率の増加を如何に食い止めるかで頭を悩ませている。村人総出で炊き出し、車座になって昼食。踊りはないがお祭り気分だ。アラ(ブータン焼酎)をご馳走になり、1本お土産に頂く。
 久しぶりに雪だ。美人の奥さん、岸恵子に似ている。ご主人も切れ長のなかなかのハンサムだ。お爺ちゃんお婆ちゃんもなかなかのものだ。美人の家系のようだ。このような美人家族にあまりお目にかかったことがない。美人恵子さん、せっせと紅茶やお茶請けを運んでくれる。お茶請けは決まってザウ(煎り米)とゲサシップ(とうもろこし圧ペン)である。ザウは昔懐かしい味で、カリカリして美味しい。しかしゲサシップは、日本では牛のえさだ。硬くて歯を壊しそう。お爺ちゃんは脇で数珠を1つずつ送りながら、何やらお経のようなものを唱えている。お婆ちゃんは部屋の隅で編み物だ。ご主人、北部の山間部で取ったという冬虫夏草を大事そうに見せてくれた。1本20ニュルタム(50円)するそうだ。日本ではその数十倍はするだろう。農閑期の収入源とのこと。1本頂いて帰る。粉末にしてアラに入れて飲むと効き目は抜群だそうだ。

 枝振りのいい木で鋤を作っている。クボタの耕耘機がある。酪農、りんご園、養蜂と多角経営だ。以前はパロで公務員だったとのことで英語を話す。農家に行くとまず英語は話さない。皆ゾンカ(ブータン語)だ。私にはちんぷんかんぷん。しかし子供は英語で授業を受けているため、英語は上手だ。子供が時々通訳をする。日本人が珍しいのか、子供が入れ替わり立ち代りは入ってくる。そしてこちらをじっと見ている。目が合うと「にこっ」とする。ブラウンスイスは数頭いるが、ジャージーは1頭だけ。大事な1頭を連れ出し、家族と記念撮影をする。
 続けて今日も雪。寒波の到来のようだ。車の中は何時もぎゅう詰め。後部座席は学生5人。膝の上にも座っている。車両経費の予算オーバーで車を余分に出せないのだ。ガソリン代を私が補填する始末だ。それでも学生は元気だ。日本に強い関心を持っている。質問攻めである。移動中は車の中で日本語講座の開講だ。この子達が社会に出て活躍する頃は、ブータンも大きく変わっていくことであろう。

 リッチな酪農家。応接室で、しかも椅子である。何時も床に座っての応対であるが、椅子は始めてだ。子供たちがブータン人離れした顔をしている。そのはず、奥さんはスイス人とのこと。アラがまたもや振舞われる。ゾンカでの調査中、私は子供たちに外務省から頂いた日本紹介パンフレットで日本を紹介する。やはり異国への関心は強いようだ。英語が上手で、なかなか賢い子であった。アラを2本調達する。

  


 RNRのウラ事務所に立ち寄ってみた。立ち寄ったというよりは、トイレを借用したところがウラ事務所であったのだ。手を拭きながら出てくると、1人の青年が「お茶を飲んでいけ」という。寄宿生活をしているようだ。25歳、獣医である。「毎日、犬や牛に追いまくられ忙しい。外国でもっと勉強したい。日本に行きたい。何か方法はないか」と詰め寄られる。色々と仕事内容を説明してくれる。ブータンには、このような向学心に燃えた青年が多い。昼食後この青年ともども運転手の生家に招待される。姉夫婦がまたもアラだ。缶の底に発酵させた穀物を入れお湯を注ぎ、中間にアラを受ける缶を置き、水の入った鍋でふたをする。下からの火で温まった穀物の蒸気が鍋の水で冷やされ中間の缶に落ちるという仕組みだ。実に原始的というか、シンプルである。クレも振舞ってくれた。そば粉で作ったパンケーキのようなものだ。「飲め飲め、食え食え」と勧めてくれるが、昼食後、食えたものではない。勧め上手というのか礼儀作法なのか、なみなみと注いでくれる。有りがた迷惑でもある。
 子供におっぱいを与えながら応対。右のおっぱいが済むと左のおっぱいを与える。右のおっぱいは出したままだ。何とも目のやり場に困る。しかし気にしているものはいないようだ。子供も含め家族9人全員が取り囲んでいる。理解しにくい家族構成だ。開放的なのか、楽しみがないというべきか、子供の多いのには驚く。粗製濫造である。またもやアラ2本を調達する。

  

 雪のち雨。大きな家だ。前任の森林部長の奥さんの家だそうだ。しかしやたらと不潔な家だ。ここの奥さん、ひまわりの種を食べながら応対。種の殻を平気で床に吐き出す。やはり家族全員が出てくる。子供たちも同様に殻を吐き出しながらひまわりの種を食べている。後でさっと箒で掃きだして終わりである。我々の感覚では考えられない。何処の家庭でもそうだが、このような席に子供が周りを取り囲んでいるというのも理解できない。文化の違いであろう。「自給生活だ」と言う。「収入は?」と聞くと「子供たちからの仕送りだ」と応える。資産のある家は町にアパートを建てる。日雇い労働で農外収入を得る。そして仕送りと自立した農家が少ない。

 のどかな環境の農村だ。うららかな小春日和。家族、近所の人も総出で、庭でお茶のみをしている。とにかく子供が多い。みんな似た顔をしている。洟垂れのあまり可愛くない子供たちだ。子犬も多い。鶏がえさをついばみながら、時折、時を告げている。浦々としたのどかな昼時、時間が停止しているようだ。かつてこんな経験をしたことがあるだろうか。日本が失った大家族の生活。犬、猫、鶏との共同生活。典型的な農村風景だ。

 9日間の農村調査であった。平坦地の農家は比較的豊かであるが、山間部の農家は未だに自給生活である。将来、このまま農村が維持できるかどうか気になる。地域産業の振興が急がれる。大分発の一村一品運動(One Village One Product)は農村社会振興と維持に効果的な施策かもしれない。産業の少ない、しかも農村が8割を占めるブータンにおいて、農村の維持発展は国家存亡の課題である。しかし若者の国を造る意欲は旺盛であり、向学心に富んでいる。世界に例のないGNH(国民総幸福)という国家施策を遂行し、開発と自然環境、伝統文化とのバランスの取れた国家を創造することであろう。ブータンはこれからの国である。若いエネルギーを秘めた国でもある。ブータンの将来に期待しつつ、9日間の200農家調査を終えた。





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