エクアドル便り108号

生物の多様性

 

エクアドルは国名が示すとおり赤道直下に位置し、アンデス山脈が南北に縦断し、西に太平洋、東にアマゾンが広がる。こうした地勢から国土はアンデス高地部(シエラ)、アマゾン低地部(オリエンテ)、海岸部(コスタ)およびガラパゴス諸島の4つに分けることができる。シエラは4000〜6000m級の山々が連なり赤道直下にありながら、常春である。オリエンテはアマゾンの北西部入り口に当たる高温多湿の熱帯ジャングルだ。高温多雨で手つかずの自然が多く残されている。コスタは太平洋に面した海岸部で、赤道直下の熱帯に属しながら、フンボルト海流の影響で比較的穏やかな気候と降雨に恵まれている。ガラパゴスもまたフンボルト海流の影響で、暑いはずのガラパゴス諸島にペンギンが生息している。このように多様な風土と気候から、世界的にも珍しい固有種が独自の進化を続けている、しかし多くの生物種が絶滅の危機に瀕しているのも事実だ。

 地球には、明らかにされているものだけでも175万種、未知のものを含めると500万種から3000万種の生物が暮らしていると言われる。森に目を向ければ、日光や雨水の恵みを受け、草や木が生長する。その葉を食べる虫がいる。虫を鳥やカエルが餌とし、それを小動物が狙う。落ち葉は微生物が分解し、養分として植物を育てる。こうした「生物多様性」という大きな生命の連鎖で地球は維持されている。このバランスが一度崩れてしまうと、取り返しのつかないことになる。当然、人間の暮らしにも影響する。年間4万種もの生物が絶滅しているという。本来自然環境はダメージを受けても自ら回復する調整機能を持っているが、その回復力を過度に超える開発が、生物多様性に深刻な傷跡を残している。

  

     ガラパゴスのアシカ                   アマゾン源流

森林破壊や野生生物の絶滅といった自然環境問題が世界で注目され始めたのは、急速な工業化が深刻な影響をもたらし始めた1970年代だ。地球に生命体が誕生してから、地上で生活する植物や両生類が現れるまで35億年。その後4億年をかけて今日まではぐくまれてきた生物たちが危機に瀕している。その原因の99%は、その恩恵を受けている人間にある。生物多様性を一度失えば、取り戻すのに何百年、何千年では済まされない。その多様性の中で生かされている我々人間に課せられた責務は大きい。

我々は文明を使って人工的に作り出された秩序の中で生きている。その代償として、何処か別の場所では無秩序が生まれている。解剖学者の養老孟司氏は「1日15分でいいから、人間が作ったものでないものを見て欲しい。現代の若者のインターネットの利用時間は、1日平均6時間とも聞きます。森に入って鳥のさえずりに耳を傾けてください。太陽の光を受ける葉っぱを観察してみてください。そのようにして、私たち人間が進むべき道を、あなた自身の感覚で見つけて欲しいのです」と語っている。地球の平均気温が4度上昇すると、動植物の40%が絶滅するというデータもある。日本の記録的猛暑による熱中症死亡者も、文明によって作り出された無秩序の犠牲者と言わざるを得ないのかもしれない。

「田んぼ」という言葉を知っている子供たちがどれだけいるだろうか。田んぼは我々子供の頃の生活の場であり、遊び場だった。カエル、メダカ、ドジョウ、ザリガニは遊び友達だった。

日本の食料自給率が39%を脱し、41%になったと言われる。食料自給率が高いのか低いのか議論を呼ぶ。国民は60%〜80%を安心ラインと考えている。オーストラリアは237%、カナダは145%、アメリカは128%だ。低いほうでは韓国が46%、スイスが49%である。自給率の算出方法に異論を唱えるものもいる。日本人1人当たりの消費エネルギーは2473カロリーと言われる。しかし、「これは1人当たりの摂取カロリーではなく、市場で商品として消費された食料の熱量である。摂取量2000カロリーを分母とすれば、自給率は50.6%になる」と東大准教授川島博之氏は指摘する。また、農業評論家加倉井弘氏(元NHK解説委員)は「贅沢と浪費をしている現代日本の食生活を前提にしている」と疑問を呈する。不揃い野菜が話題になっているが、食料不足国がいかに食料を無駄にしているかの指摘でもあろう。自給率論議は別としても、金で世界から食料を買い漁ることは不可能になりつつある。食料輸出国の輸出制限は始まっている。

生物多様性の沢山の恵みによって、我々人間を含む生き物の「いのち」と「暮らし」が支えられている。養老猛司氏の「1日15分でいいから、人間が作ったものでないものを見て欲しい」という言葉を肝に銘じ、生き物の目線でもう一度世界を見てみたい。

平成22年9月10日

須郷隆雄