エクアドル便り109号
命の洗濯
「日本を洗濯(選択)する」という標語があったが、温泉町バーニョスでエクアドル滞在2年間の垢を落とし、身も心も洗い清める「命の洗濯」に出かけた。スパホテル・サンガイでの1泊2日の「命の洗濯」だ。
「日本を洗濯(選択)する」とは、かなり傲慢なスローガンであるが、北川元三重県知事を代表とする県知事や有識者による「新しい日本をつくる国民会議」のメンバーが中心になり、地方分権や脱官僚の政策提言をするというものだ。「せんたく」には、選挙での「選択」と日本を「洗濯」する意味が込められている。しかし、その後の活動はあまり聞いていない。スパホテル・サンガイは落差100mほどの「聖母の滝」の真向かいにある。ジャグジーやサウナ、マッサージや泥美容などもあり、欧米宿泊客が多いモダンなホテルである。
スパホテル・サンガイ プールとスパ施設
スパホテル・サンガイは最早エクアドルではない。英語とスペイン語で応対し、宿泊客は外国人ばかりだ。エクアドル人は従業員以外には見かけない。チェックインを済ませ、向かいの聖母の滝に行ってみた。アボガドの巨木の下に「水の聖母」の像が岩に彫られ、湧水が流れている。その水で髪を濡らし、静かに瞑想しいるものがいた。聖水をペットボトルに詰め、持ち帰るものもいる。
ホテルに戻り、ベッドに寝転んで平岩弓枝の「ちっちゃなかみさん」を読んでいた。向島の三代続く料理屋・笹屋の1人娘、お京もこの正月20歳になった。しっかり者の看板娘として店を切り盛りし、今や親が手を出すすきもない。舞い込んだ縁談を断り、親の反対を押し切って選んだ相手はかつぎ豆腐売りの信吉だった。しっかり者の女たちを江戸人情豊かに描いた短編が収録されている。平岩弓枝は、戦後史上最年少で直木賞を受賞した天才型作家とも言われる。女房から「面白いから読んで見たら」と持たされた文庫本である。
夕方、サウナに入る。温度68℃、入室時間10〜15分と書かれていた。しかし時計があるわけではない。日本ならテレビもある。せめて砂時計ぐらいは置いて欲しい。温度も低く、汗が噴出すまでに結構時間がかかった。隣は「トルコ」と書かれている。風呂桶から首だけ出したトルコ風呂を予想したが、ミスト・サウナだった。ジャグジーで肩の凝りをほぐし、水風呂でほてった体の熱を取る。家族連れや夫婦連れが多いが、若いご婦人が水着姿で突然入ってくると、場所を間違えたかと「ドキッ」とする。
サウナの発生はフィンランドだ。1000年以上の歴史がある。乾式のものとスチームバスやミスト・サウナなど湿式のものがあるが、日本最初のサウナ施設は1951年(昭和26年)銀座6丁目に造られた東京温泉だそうだ。トルコ風呂の始まりでもある。東京駅八重洲口地下にもあり、結構重宝がられたが今は共に閉店している。トルコ風呂は、もともとはごく一般的な公衆浴場だった。女性の社交の場として活用されたが、中近東の神秘的でセクシュアルなハーレムと相まって、ある種の誤解を持って伝えられたようだ。トルコ人留学生が「トルコ風呂」の名称にショックを受け、改名運動を行い、「ソープランド」に改められたという話がある。
粉挽き小屋を模したアンティークなレストランで夕食を取る。アサードを注文した。牛、豚、鶏の肉にチョリソーとモルシージャ、エクアドル・アサードの定番だ。サラダにジャガイモとトウモロコシが付く。温ジュースにトウキビ酒を入れて飲むという、やけに強い酒を振舞われた。更にビールを1本。女性歌手がパシージョらしき歌を歌っている。音響効果はあまり良くない。しかし、1曲終わるごとに拍手が起こる。一人者は他にはいない。妙齢な女性がお相手をしてくれたらと思うが、そういうチャンスはなかなかない。トウキビ酒で完全に酔ってしまった。ベッドの上でそのまま寝込む。目を覚ましたのは夜中の1時だった。ディスコの招待券も使わずじまい、予定のマッサージも実現できず。酔いが予想以上に早くなった。2年の疲れもたまっているのだろう。
翌朝9時に朝食を取る。エクアドルに来て始めてゆったりと浴槽に浸かる。浴槽の中で、山本一力の「いっぽん桜」を読んでいた。仕事一筋で、娘に構ってやれずにきた。せめて嫁ぐまでの数年、娘と存分に花見がしたい。ひそかな願いを込めて庭に植えた1本の桜は、毎年咲く桜ではなかった。そこへ突然訪れた早すぎる定年。陽春の光そそぐ桜、土佐湾の風に揺れる萩、立春のいまだ冷たい空気に佇むすいかずら、まっすぐな真夏の光のもとで咲き誇るあさがお。花に溢れる人情を4つの短編で語られている。坪内逍遥は『小説神髄』の中で「小説の主脳は人情なり」と書いている。山本一力の小説はまさに人情時代小説である。
バーニョスは今回で5度目だ。最早、見るべきものは何もない。12時にチェックアウトをし、町をぶらつき、パハ・トキージャ帽(パナマ帽)を買い、1時のバスに乗る。リオバンバ経由グアヤキル行きだった。アメリカ人風の青年が椅子を目一杯倒し、爆睡していた。
最高のホテルで、最高の部屋に泊まり、エクアドル2年間の垢を落とし、身も心も洗い清める「命の洗濯」だった。この2年間、色々なことがあった。しかし、終わり良ければ全て良し。色々な人情を胸に、明日はお世話になった思い出のリオバンバを後にする。
グラシアス!リオバンバ、アディオス!エクアドル。
平成22年9月15日
須郷隆雄