エクアドル便り12号
怪しい世界
以前掲載したコンピューターが専門のKさんこと、鎌倉さんに再度登場願った。怪しい世界の御仁である。
鎌倉さんはコンピューターが専門とは聞いていたが、どうも怪しい。インターネットに関する知識は薄そうだ。20年前の電算機時代の知識ではなかろうか。しかし、高校の物理の教師だった。宮城県にお住まいで、「おれにはわがんねえ」とか「いいっちゃ」とか東北弁を使い、茫洋として、ちょんまげを結い、時々懐中時計を出しては撫でたりして、大正ロマンを感じさせる風貌だ。
食い物はこれといった好みはなさそうだが、好き嫌いが激しい。特に内臓肉などのレバーやハツ、砂肝、タン、血の腸詰のモルシージャは見向きもしない。エクアドルの高級民族料理、クイなどが出ると手を上げて驚き、食事の席から逃げ出すほどの騒ぎだ。どちらかというとベジタリアンに近い食生活のようだ。鶏肉は決して食べない。学生時代のアルバイトで1日に800羽の鶏を殺し、未だにその亡霊にうなされているようだ。市場に行くと、豚の姿焼き、鶏の丸焼き、クイなどが売られ、牛豚鶏の足まで並べられているので、エクアドルは居心地のいい国とはいえないのかもしれない。
毎日変わらぬ帽子とコート
今から8年前の1月に盲腸を患った。腹が痛く、病院に行ったが、医者は何処も悪くないとの診断。東北人の我慢強さで、数日耐えたものの、結局入院。死の境を彷徨った挙句、4週間の病院生活。今では病気とすら言わない盲腸でさえ診断できなかった医者にあきれはてると共に、西洋医学に疑問を感じたそうだ。
その後健康法に関心を持ち、カイロプラクティックとかを学んでみるが、どうもしっくり来ない。いろいろな健康法を学び、そこで出会ったのが若石健康法だ。
この若石健康法は台湾の陳茂松が創始者で、足の64ヶ所を刺激し、気血のバランスを整え、病気の予防や体質改善を図るものだそうだ。これこそ求めていた健康法だと感じた風の又三郎は、すっかりこの虜になり、「怪しい世界」にのめり込んで行った。資金を投入すること百数十万円。天穴とかいって、つぼを押さえる健康法までマスターして、今やこれこそが第二の人生と意気に感じ、「若石怪人」に変身してしまった。また、英国から始まったバッチ・フラワー・レメディーとかいって、花のエッセンスを4滴ほど水に薄めて飲むと、これまた心の不安を解消できるとかで、数十万を投入している。今や、エクアドルの怪人の部屋には香炉も置かれ、診療台まで特別注文をして、ヒーリング音楽をかけ、怪しい世界に浸っている。派遣先のチンボラソ工科大学では、コンピューターの指導をそっちのけで、若石健康法の講座を設けたいと意気込んでいる。いずれエクアドルに若石診療所でも造るつもりなのだろう。
怪人の奥さんが坐骨神経痛で歩けなくなった時、1ヶ月で完璧に治したと言っているが、奥さんは「自然に治っただけ」と一向に信じていないようだ。この怪人夫人、性格が男らしく、パラグライダーのクラブに所属し、空を飛ぶことを趣味にしている。しかも、以前の職場では「日本酒を飲む会」の会長さんを仰せつかって、夜な夜な「一の蔵」とか「浦霞」を飲み漁っているとかいないとか。若石怪人とはだいぶ性格も好みも違うようだ。今回のエクアドル行きも奥さんの「ボランティアにでも、行ってみたら」の一言で決まったそうだ。
しかし、この怪人も酒好きだ。飲み始めると止まらない。言うならば、ざるである。重たい口も何処へやら、怪しい世界を得々と話し始める。人格が変わってしまうのだ。物理を教えた教師とはとても思えない、不可解な世界に陶酔してしまう。その相手をしていると、たちまち11時、12時。結局、怪人宅に泊まる破目になる。
朝、怪しい話し声がする。覗くと、息子や奥さんとパソコンのスカイプを使って、楽しげに話している。この時は、優しい父親であり、亭主の顔に戻っている。ヘッドホーンを付け、カメラに向かって話している姿は、これまた滑稽でもある。「イヤー、飲みすぎた。胃の具合が悪い。酒は程々にしなくっちゃ」。程々に出来ないのが、怪人の良さでもあり、怪人らしさでもある。
そして、若石怪人から風の又三郎に戻った一日が始まる。
平成20年12月10日