エクアドル便り18号

太平洋の真珠

 

 南米解放の立役者ボリーバルとサン・マルティンが1822年に会談した町。野口英世が1918年に黄熱病研究で活躍した場所。エクアドル最大の港町、それがグアヤキルだ。グアヤキルはインカ帝国の侵攻、スペインの侵略に果敢に戦ったインディヘナ夫妻グアヤスとキルの名に由来している。人口350万人を擁するエクアドル最大の都市でもある。グアヤス港はコーヒー、カカオ、バナナ、そして今は花の積出港としてエクアドルの経済を支えている。かつて、エクアドルは世界最大のカカオの輸出国であった。今は世界最大のバナナの輸出国である。「我が愛しのグアヤキル」と題するパスティージョ曲に「お前は最も大きく未知の海から現れた真珠だ。私の心を伝えよう。グアヤキルよ、我が愛しのグアヤキル」と歌われている。「太平洋の真珠」と呼んで、この港町をこよなく愛する市民の心意気を感じる。


 

             イグアナ公園

 

        グアヤス川沿いのマレコン通り

 その太平洋の真珠を訪ねるため、7時半のバスに乗った。標高2750mの小雨煙るリオバンバを後にした。乗客確認で、署名まで求められる。「アンデスの廊下」をコルタのバルバネーラ教会から右に折れ、暫く無舗装の道を登っていく。3500mの峠は霧の中。幻想的な景色の中に牛の群れが現れては消え、羊の群れが現れては消える。ひたすら南へ、西へと下って行く。次第に植生が変わっていく。野生のバナナ、ハイビスカス、生暖かい湿った空気、バスはドアを開けたまま走る。

道路工事が多い。停車するとすかさず「チョクロ、チョクロ」「ポジョ・カレンティート」「アグア、コーラ」「エラード、エラード」と物売りが入ってくる。運転手を含め3人の乗務員、町に停まると郵便物や荷物を運び出す。宅配便も兼ねているようだ。椰子、パパイヤが目立つようになる。竹林の多いのにも驚く。平坦地に変わる。広大なバナナ園が果てしなく続く。町に入ってきたようだ。「アグア、アグア」とアヒルのように水売りが来る。コルビーチェ売りが来る。スイカ売りが来る。色々な匂いを残して通り過ぎていく。

グアヤス川を渡る。大河だ。しかしあまり綺麗ではない。グアヤキルだ。降車場が100はあろうか。3階建ての大きなターミナルだ。人が多い。さすが350万の大都会だ。バスでセントロに向かう。セミナリオ公園はグアヤキルのシンボル的公園だ。シモン・ボリーバルの騎馬像が建っている。ボリーバル公園とも呼ばれている。公園内の広場をイグアナがのたのた歩いている。見上げると木にも鈴なりだ。リスもいる。何とも気持ち悪いが、市民のお友達のようだ。ガラパゴスへの起点とはいえ、驚いた光景だ。市民はイグアナ公園と呼んでいる。公園に面してカテドラルが建っている。グアヤキルの建物は19世紀末の大火でほとんど焼失したというが、このカテドラルもその被害を避けることは出来なかった。今の建物は1948年から30年かけて建てかえられたものだそうだ。

市庁舎を経てグアヤス川に出た。大きな川だ。帆船が停泊している。市のシンボルの時計台がある。江戸川沿いに住んでいるせいか、川を見ると気持ちが晴れ晴れする。墨田公園を歩いているような錯覚に駆られる。川風に吹かれながら黙って歩いていた。

帰りがけ市場に寄ってみた。すごい熱気だ。道路にはみ出して商品が並べられている。アメ横か築地を歩いているようだ。港町の活気であろうか。人はグアヤキルを大阪に似ていると言う。キトが東京ならグアヤキルは大阪なのだろう。グアヤキル・モンロー主義があるとも聞く。プライドの表れなのかもしれない。

日本人の親爺がいる寿司屋にもいった。本格的な握り寿司に日本酒も飲んだ。飲茶のある中華料理屋にも行った。慌しい訪問ではあったが、心に残る町であった。「心の真珠」と呼ぼう。次は太平洋まで足を伸ばしてみたい。

夜の道をひたすら東へ、北へと走る。睡魔が襲うが、グアヤキルの真珠がひとつひとつ思い出されて寝付けない。3500mの峠を越えて、夜中の11時にリオバンバに戻った。

 

平成21年1月1日

須郷隆雄