エクアドル便り20号

悪魔の鼻

 

 リオバンバ駅に6時に向かった。乗客が列車の屋根に乗り込んでいる。右側はほぼ満席だ。左側には誰も座っていない。景色は右側がいいとのことだ。さすが旅行者だ。情報を集めている。最早最前列と最後部しか空いていない。煙と雑音を避けて、最後部に陣取る。6時出発と聞いていたが、一向に走りだす気配がない。乗客は続々とやってくる。左側も満席になった。7時15分、汽笛一声、列車はようやく動き出す。拍手が起こる。「悪魔の鼻」までの全長110km、6時間の旅だ。

 この列車は前からディーゼル機関車、貨物車3両に一般車両1両の編成だ。貨物車両の屋根が特別席として旅行者に解放されている。運行は水、金、日の週3回だけだ。

 ギシギシバリバリ、左右に揺れながらゆっくりと動き出す。時々脱線したり、電線に引っかかったり、木で顔を怪我したり、アクシデントが付き物のようだ。左隣に学生風のドイツ人女性2人組み。右隣にアラブ系のカップル。なかなかの美男美女だ。クレオパトラとカエサルといった雰囲気だ。「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら歴史が変わっていた」と言われるが、左隣のドイツ女性と比べるとかなり高い。この女性、いずれカエサルに代わってアントニウスも翻弄するのかもしれない。ドイツ女性2人組みはよく食べる。朝飯抜きだったのだろう。身なりも気にせず、それほど美人ではないが、青い目と金髪はなかなかのものだ。振動が腰に応える。


 

                悪魔の列車

 

               悪魔の鼻

 走り始めて間も無く停車。思うようには進まない。トロッコ電車といった感じだ。脱線しないようにゆっくり進む。通行人が手を振る。犬も見送る。農村風景が広がる。木の枝をよけながら進む。電線も垂れ下がっている。ぼやっとしてはいられない。以前観光客が電線に首を引っ掛け、即死したという話もある。子供たちが手を振る。乗客が菓子を投げる。子供たちが我先にと菓子に駆け寄る。前方にアングロサクソン系の美人が1人。なかなかこっちを向かない。

トイレタイムが欲しくなる。しかし誰もトイレに行く気配がない。水を控え、我慢する。グアモテでようやく停車。20分の休憩だ。トイレへ駆け込む。エクアドルは概して便器の位置が高い。背伸びをしないと息子が支えてしまうこともある。エクアドル人は決して背が高いとは思わないが、足の長さの違いだろうか。観光客目当てに、民芸品の露店が軒を連ねている。インディオのおばさんもこの時とばかりに、呼び込みに余念がない。腹もすいた、チーズの揚げたのを買ってみた。結構美味しい。

パハの草原を抜け、渓谷を縫って進む。また停車。川の水を給水している。岩肌にランが自生している。山肌にへばりつくように進む。至る所に山崩れ。木はほとんどない。下は千尋の谷。谷間にアラウシの町が見えてくる。坊さんのような巨大な像が立っている。アラウシ到着12時30分、既に5時間が経過している。

更に谷底へ降りていく。腰が痛い。絶壁をスイッチバックしながら降りていく。空中を走っているような感覚だ。脱線したら一貫の終わり。更に谷底へ。山が覆い被さっている。1日の日照時間は6時間程ではなかろうか。標高1480mの終点チャンチャン駅に到着。「悪魔の鼻」だ。最早午後1時半。

 「どれが悪魔の鼻なのだ」と聞くと、「あれだ」と指差す。ただの山だ。何故悪魔の鼻なのかが解らない。よく眺めると鼻のように見えなくもない。訳の解らないところが悪魔なる鼻の所以なのだろうと勝手に納得する。クレオパトラのような歴史を変える鼻ではない。「だんごっ鼻」だ。

 だんごっ鼻をまたもスイッチバックで登っていく。悪魔がくしゃみをしたら一貫の終わりだ。アラウシに戻ったのは午後3時。アラウシからはバスに乗り換え、リオバンバに戻った。だんごっ鼻を見るために6時間も列車の屋根に乗ってきたとは思いたくはないが、ギシギシガタゴト、腰を痛めながら見た景色は素晴しかった。

 

平成21年1月5日

須郷隆雄