エクアドル便り25号

港町マチャラ

 

 クエンカからマチャラを回るエクアドル南部の市場調査に出た。4泊5日の出張だ。朝7時半にリオバンバを出発し、一路クエンカに向かった。「アンデスの廊下」と言われるパン・アメリカ道を南下する。アラウシから先は始めての道のりだ。県境の急峻な山間の道を進む。

 チュンチで停車。トイレがなかなか見つからない。しかし長い停車だ。運転手が朝食を取っている。インカの遺跡、インガピルカのあるカニャールを通過する。中腹に立派な教会のあるビブリアンを経て、カニャールの県都アソーゲスで降りる。坂道を登るとサン・フランシスコ教会がそそり立っている。キャンドルを捧げ、暫し瞑想。疲れを癒す。信者が水を汲んでいる。「アグア・ベンディタ(聖者の水)」と書いてある。ご利益のある聖水なのだろう。市場のチーズ売り場を回ってクエンカに入る。ふるさとに帰ったような懐かしい町並みだ。カテドラルのあるカルデロン公園のベンチで、暫し思い出を噛み締めていた。

 翌日、語学研修でお世話になったサルトス家の近くのアレナル市場へ行く。ヤギを2頭繋ぎ、搾りたての乳を売っていた。合理的というべきか、何とものどかな光景だ。午後は更に手芸品で有名なグアラセオ、金細工で知られるチョルデレまで足を伸ばした。夕方から豪雨。サルトスの家族とかつてご馳走になったウルグアイ人が経営するアサードの店で再会する。強い抱擁で迎えられた。料理の美味しいこともさることながら、2時間半の再会だったが、友情と家族との絆が更に深まったような気がする。

 朝7時、小雨のクエンカを後にし、港町マチャラに向かう。山が次第に遠のき、牧歌的風景が広がる。霧の中を徐々に高度を下げていく。バナナが多くなる。ガスに煙る中に砂糖キビ、椰子と南国の雰囲気に変わっていく。サンタ・イサベルを過ぎるとやがて生命を拒絶した、荒涼とした禿山が続く。人を拒絶すればするほど、人はその風景に魅了されるのかもしれない。風景の変化に驚く。やがて緑が戻ってくる。再び熱帯の風景へ。民家がちらほら。山間を縫って進む。バナナ、マンゴー、パパイヤ。蒸し暑い。コンドルらしき鳥が1羽、上空を舞っている。パサヘの町を過ぎるとバナナ園が何処までも続く。マチャラだ。汗が滲んできた。

 結構大きな町だ。港町の活気を感じる。ボリバル港へ行ってみた。平日のため閑散としている。しかし久々の海を見て、気分は高揚していた。遊覧船の親父が「港内一周、7ドルでどうだ」と話しかけてくる。これは安い。すぐに商談成立。お客は他にはいない。米国籍のバナナ船、パナマ籍の大型船が停泊している。その間を縫って湾内を巡る。カモメになった気分だ。太平洋が広がっている。この先は日本だ。背伸びをすれば犬吠崎の灯台が見えるような気がする。カモメが舞っている。船酔いを感じる。40分ほどの遊覧ではあったが、地上に戻っても体が揺れている。港沿いのマレコン通りを太平洋の余韻を感じつつ歩いていた。週中で客が少ないためか、ガマのようなお腹をした女性が居眠りをしていた。海鮮料理店が軒を連ねているが、やはり客はいない。モダンなカテドラルのあるフアン・モンタルボ公園近くのピザ屋に入る。昼間調査したモサレラの味を確認するためでもあった。客も多く、味も中々のものだ。

 

             ボリバル港


 

           ペルー国境

 早朝、朝市を訪れる。道路に溢れんばかりの屋台が氾濫している。道路は濡れ、水溜まりもある。タクシーもトラックも通る。野菜や果物、魚に肉、朝食の屋台と、通り全体が異様な臭気を発している。蒸し暑い。汗が吹き出てくる。

 ペルー国境の町ウアキジャスへ向かう。バナナ園を縫って南下する。アメリカ青年の1人旅。心の隙間を埋めるためなのか、滾る思いで荒野を目指したのか。ゲバラのような大きな夢をつかんで欲しいものだ。サンタ・ロサを過ぎるとバナナ園はカカオ畑に変わる。子供の兄弟が物売りに来る。よく喋る。おまけに歌まで歌う。将来の芸人、間違いなしだ。先ほどのアメリカ青年、サーフ・ボードを持って降りていった。「こりゃあ、ゲバラは無理だわ」

 ウアキジャスに到着。強い日差しだ。太陽が南回帰線に近いせいか、南に下るほど焼け付くような日差しだ。それにしても騒々しい町だ。ペルー方面に商店街を歩いていく。「ここは何処だ」と聞くと「ペルーだ」という。何のチェックもない。何も変わっていない。上を見ると「ようこそペルーへ」という横断幕とペルー国旗がはためいている。変わったのは国名と通貨だけだ。通貨はソル、1ドルが3ソルだ。バイクタクシーと乗り合いタクシーがやたら多い。客引きをしている。乗り合いタクシーで州都トゥンベスまで足を伸ばす。見渡す限りの平原が続く。かつてのインカ帝国も今は豊かとはいえない。5ドル両替し、5ソルコインを3個受け取ったうちの1個を車掌に手渡すと「こらはだめだ」という。別のを渡すとオーケーである。残りの2つのコインを比較すると少し違う。偽コインだったようだ。トゥンベスは何の変哲もない埃っぽい町だ。カラオケの看板だけが目に付いた。ビールだけ飲んで帰ることにした。ただの平原と思っていたが、水田のようなものが目に入る。フジモリ大統領やペルー大使公邸襲撃事件など日本との関わりも深く、日系人が9万人いるという。水田があっても不思議はない。

 帰りのバスの中、突然停車させられたかと思うと、公安がなだれ込みパスポートの提示を求められる。ペルーからの入国のチェックのようだ。大荷物を抱えた数人が降ろされていった。子供がまた乗客に歌を披露している。決して上手とはいえないが、最後の口上がいい。「家族が私の帰りを待っている。皆さんのご慈悲を」。協力しないわけには行かない。音楽のボリュームを目一杯上げている。誰も無関心だ。ついにたまりかねて、運転席を叩いて「うるさい、ボリュームを下げろ」と怒鳴りつけてしまった。こういう仕草は海外では初めてだ。とにかくエクアドルは町全体がうるさい。バスの中もそうだが、車のクラクション、夜遅くまでの音楽など、どうにかならないものかと思う。

 バナナ園の向こうに真っ赤な夕日が沈んでいった。

 

平成21年2月1日

須郷隆雄