エクアドル便り33号

サント・ドミンゴのツァチラ

 

 エクアドルには多数民族キチュァを始め先住民といわれる民族が9種族いる。コスタ(海岸部)には3種族おり、サント・ドミンゴには少数民族ツァチラが居住している。先住民の名誉と地位を守るためCONAIE(エクアドル先住民族連盟)が結成され、今や大統領を更迭するほどの力を持っている。

サント・ドミンゴはキトから133キロ、我がリオバンバからは257キロのところにあるコスタの入り口だ。バナナや椰子が生い茂る南国である。コスタの例外にもれず、南国的喧騒と雑然とした町並み、活気はあるが決して清潔とはいえない。とにかく蒸し暑い。

サント・ドミンゴには「ダバオ(フィリピン・ミンダナオ島)からエクアドルへ」と太平洋を繋ぐ日系移民の物語がある。古川殖産の創業者古川義三はダバオでマニラ麻栽培事業を始め、フィリピンの輸出総額の1位を占めるまでになった。しかし敗戦で全てを失う。「ダバオ再生」の機会を待っていた古川は、エクアドルでマニラ麻との運命的な出会いをする。古川がエクアドルでマニラ麻の栽培を始めると聞いて集まったのは、元ダバオ関係者だったそうだ。マニラ麻の農園がここサント・ドミンゴに拓かれた。エクアドルのマニラ麻輸出量の20%を占め、エクアドル内外から「アカバ(マニラ麻)のフルカワ」として高い評価を得ている。マニラ麻はエクアドルと日本を繋ぐ架け橋となった。その精神は今も生き続けている。

市場へ行くとその町の様子が見えてくる。その町の生活ぶり、習慣、風俗、人間の生き様がミックスされてそこにある。子供たちが物売りに歩く。コーラ売りが通る。1杯10セント。リヤカーと自転車を一体にした乗り物が野菜を積んで通る。4月26日の統一選挙を控え選挙カーが通る。露店で売るのが女性なら、買うのも女性、市場は女性が主役だ。皆よく肥えている。豊満な胸、大きなお尻、それにもまして堂々としたお腹。最早セクシーという感情は起こらない。陽気な市場のおかみさんだ。サンポーニャを吹きながら片手でマラカスを鳴らし、足に紐を付けて歩くたびにボンゴを打つ。何とも考えた演奏だ。言ってみれば、エクアドル版チンドン屋と言ったところか。かなりの重労働だ。結構年配のおじさんだ。行って帰ると汗だくである。それでも休むことなく「ドンチャラ」陶酔したように演奏している。その根性に拍手を送りたい。

しかし、消費パターンの変化から、サント・ドミンゴにもハイパーマーケットやスペルマクシのような巨大ショッピングモールが出来ている。清潔でサービスもよく品揃えが豊富なショッピングモールに、清潔とはいえないが人情味溢れる下町的おかみさんの市場はいずれ駆逐される運命にあるのかもしれない

   

       ツァチラの青年                 ホアキン・サラカイの像

市場から離れて、カングレホ(マングローブ蟹)の店に入った。妙な頭をした青年が1人で静かに食事をしている。興味をそそる髪型だ。髪の毛を真っ赤にペンキのように染め、白いわっかの冠のようなものを載せている。何度か振り返っては見ていたものの、失礼とは思いつつも意を決して「写真を撮らせて欲しい。その頭に興味がある」と言ってみた。青年は快く写真を撮らせてくれた。凛々しい顔をしたなかなかのハンサムだ。聞くと先住民族のツァチラだという。日本人に良く似た顔立ちだ。ひょっとして、日本人の祖先はツァチラだったのかもしれない。隣のテーブルの客が「韓国人か」と聞くので、「いや、日本人だ」と応えると「サラカイ公園にツァチラの像があるから行ってみたら」と教えてくれた。

早速行ってみた。サラカイ公園はカテドラル、サント・ドミンゴ教会と市庁舎に囲まれた町の中心にあった。そこにホアキン・サラカイの像が立っていた。帽子を被っているように見えた頭は、紛れもなくあのツァチラの青年の頭だ。ホアキン・サラカイは最初にこのサント・ドミンゴに住み着き、この町を作ったツァチラの酋長だったのだろう。公園脇をヤンキー娘の4人組が自転車に荷物を山ほど積んで、金髪をなびかせ通り過ぎていった。この偉大なるホアキン・サラカイ酋長に挨拶もなく。

サント・ドミンゴ教会で暫し休息。外の熱気に反し、中は意外に涼しい。静かにお祈りをしている人もいる。ステンドガラスとキリスト像をただ眺めていた。あの凛々しい、しかも毅然としたツァチラの青年の顔が脳裏から離れない。先住民としての誇りを持っているのだろう。これからもツァチラの伝統と名誉と地位を守り続けて欲しいと祈りを捧げた。

 

平成21年3月25日

須郷隆雄