エクアドル便り34号

手作りの村サリナス

 

 東京都心のデパートで、南米エクアドルで作られた唐辛子入りチョコが人気だといううわさを耳にした。その情報にボリバル県サリナスが頭に浮かんだ。サリナスはチンボラソ県の西隣りにあり、チンボラソ山を挟んでリオバンバの北西に位置している。標高3550m。早速出かけることにした。

 雨季とはいえ、珍しく朝から晴天。チンボラソ山がくっきりと見える。チンボラソの麓を周回しながら走る。リャマが群れを成している。パハだけの草千里を走る。チンボラソが刻々と姿を変えていく。阿蘇のやまなみハイウェーを走っている気分だ。やがて砂利道に入る。山裾に童話の国のような小さなサリナス村が見えてくる。ロバが牛乳缶を背負って通る。リャマも牛乳缶を背負っている。牛も通る。羊の群れも通る。

 

      サリナスの村                        牛乳缶を背負うリャマ

 サリナスは30年前までは「過疎の村」だった。1971年にイタリアから来た神父アントニオ・ポロは、この土地の美しさに感動すると共に村の貧困に心を痛めた。塩田を地主と政府から村人の手に取り戻すことから始め、村人に乳牛を無償で与え、共同経営のチーズ工場を建て、この村に新しい改革の息吹を吹き込んでいった。スイス人ホセ・ドゥバチの指導もあり、チョコレート工場、ジャム工場、ハム工場、乾燥マツタケの製造、羊やアルパカの毛を紡ぎ毛織物製造と、持続的循環型村作りを展開していった。全ての商品は山高帽とポンチョ姿のインディヘナの男の子を配した「サリネリート」というブランドで統一している。「ないものねだり」ではない「あるもの探し」の精神が、今や「自立発展のモデル地域」として世界から注目されるまでになった。

 おとぎの国、童話の国を想像していたが、町並みは決してメルヘンチックなものではない。ロケーションはいいが、町そのものはありふれている。観光案内所には誰もいない。勝手に中を物色して、その上トイレを無断借用する。壁に立派な髭のホセ・ドゥバチの写真が飾ってあった。町の配置を確認して、先ず博物館にいってみた。ホテルと併設で、土器があるくらいで特別なものは何もない。チョコレート工場に行くと2月8日付の朝日新聞の夕刊が掲示されていた。「チョコが一役」「恋も南米の暮らしも応援」と記されていた。東京の20代の女性3人が2年前に開発輸入したようだ。唐辛子の形をしたニットの袋に入れ1個840円。唐辛子入りチョコが人気になった。フェアトレードがアンデスの奥地、サリナスの生活を助けている。工場内を見学させていただいたお礼に、唐辛子入りチョコを買ってみた。20個入り1袋3ドル。結構辛い。

 ナマケモノ倶楽部の主催者で「スロー・イズ・ビューティフル」の著者でもある辻信一は、「中南米の森に棲むナマケモノという動物の低エネ、循環型、共生、非暴力の生き方にこそ持続可能な社会や暮らしにヒントがある」と言っている。「スローに生きることが環境問題解決の鍵」とも言っている。確かに我々駆け足で生きてきたものにはスローに生きる価値を認識できる。しかしスローに生きてきたものに、果たしてスローに生きる価値を見出せるのであろうか。エクアドルは環境への配慮より便利さを求めて環境破壊へと突き進んでいる感がある。東京の3人の女性は辻信一の教え子と聞く。フェアトレードを通じ、サリナスの生活を応援して欲しい。そしてエクアドルの光と影を共に発信して欲しいと思う。

 更にチーズ、ハム、ジャム、毛織物の手作り工場や工房が2時間ほどで回れる範囲に点在している。村全体が持続可能な循環型工房といった感じだ。スローフード発祥の国イタリアの技術とスイスの援助、更にエクアドルで30年間社会運動を進めてきた市民団体FEPP(エクアドル市民生活活性化基金)の協力により、エクアドルの雄大な自然とそこに生きる人々に活力を与えた。しかし山奥にありながら会う顔はインディヘナではない。ヨーロッパ系の顔立ちだ。インディヘナは牛や羊を飼い、リャマと暮らしている。サリナスの地名は塩の鉱脈があったことに由来する。

 カメラを向けた時の「我々は観光客の見世物ではない」と言うインディヘナの言葉が気になった。

 

平成21年4月5日

須郷隆雄