エクアドル便り4号

豪邸サルトス・カルバージョ宅

 

 語学研修先のネクススでクラス分け試験を終えると、ホームステー先のサルトス・カルバージョ夫妻が迎えに来てくれた。年のころ60歳ぐらいか。自宅に案内される。高級住宅街の一角にあり、私の想像を遥かに超える大豪邸だ。一瞬たじろいでしまった。主人はエクトル、63歳実業家だ。夫人はエルサ、61歳装飾家。娘はマリア・エリーサ、29歳デザイナー。ソルテーラだがノビオがいる。それにプードル犬のニーナ、カナリアが十数羽。これが同居家族だ。出身はポルトガルとのこと。他にキト在住の長兄ホセは37歳、旅行代理店経営で離婚して1人もの。次兄ハビエルは地元在住で34歳、建築家で2児の父親である。

 私の部屋はかつてホセが住んでいたようだ。完全独立で風呂トイレ洗面所、さらにダブルベッドにシングルベッド、パソコンにクロゼットと不足なものはない。食事は3食付で木曜日が洗濯日、パンツまで出している。お手伝いさんが毎日ベッドメーキングをしてくれる。このお手伝いさん、とても陽気で歌を歌いながらトイレ掃除や洗濯をしている。

 この家族、私の年を聞いて驚いていた。しかしとてもフランクで、最初の日から家族同様の扱いを受ける。食事はいつも一緒に、しかも食べるものも同じだ。朝食は、自分で牛乳を入れコーヒーを作る。冷蔵庫も勝手に開け、果物も勝手に食べている。特別扱いはされない。私を呼ぶのはいつも「スゴー」である。タカオのほうが好みだが、どういう訳かスゴーだ。ただ難点は老人のためか、声が低く、言っていることが良く解らないことだ。とは言え私と同年輩だ。私のスペイン語に問題があるのだが、できるだけ娘と話すようにしている。

  

      サルトス・カルバージョ宅

 

    サルトス・カルバージョ夫妻

 電気を消し忘れたり、トイレの水を流しっぱなしにしたり、窓を開けっ放しにしておくと必ず注意する。彼らの作法に会わないことは必ず言ってくる。決して遠慮はしない。ある時、留守に帰り、門の鍵を開け玄関の鍵を開けるといきなり警報が鳴り出した。完璧なセキュリティーがしかれているようだ。窓1つ開いていてもその情況が掲示されるようになっている。何とも早、油断大敵である。鍵1つで、暢気なマンション暮らしをしていた私にとっては驚きだ。生活文化の違いを感じる。

 朝はプードル犬ニーナが起こしに来る。食事中は私の足に手を乗せ、愛嬌を振りまいている。先日美容院に行ってきたとかで、赤いリボンを付け、マニュキアまでして美人さんになった。しかし彼らは決して贅沢をしている訳ではない。食事も日本に比べれば質素だ。しかしどこかが違う。生活にゆとりを感じるのだ。

 質素な食事ではあるが、参考になる点も多い。スープとデザートは付くものの主食はお皿1枚だ。ご飯とおかずと野菜が一緒盛である。極めてヘルシーで簡単だ。果物が豊富なため、色とりどりのジュースが出る。カフェオレは沸かした牛乳にコーヒーと砂糖を入れるだけ。作り方は日本とは逆だ。しかし、これがなかなかうまい。絶品はオリーブのバターだ。これをパンに付けて食べると、パン嫌いの私にも結構いける。ところ変われば品変わる。意外な発見である。

 家族の行事が一向に知らされない。「スゴー」と呼ぶので降りてみると、家族親戚が集まり誕生パーティーだという時もある。靴もはかず、靴下のまま普段着で行き、気まずい思いをしたこともある。ある時突然に、アサードの店に招待されたことがあった。相当評判の店のようで、かなり混んでいた。30分は待たされたであろうか。これまた見知らぬ人たちと同席させられ、落ち着いて食べられなかった。このような経験はアルゼンチンでも良くあった。日本人なら事前に予定を知らせるのだが、彼らはそうではない。国民性なのだろうか。それとも、誰もをアミーゴと考えているのだろうか。人見知りする私にとって、苦痛な習慣である。しかしこの店、ウルグアイ人が経営していて、アサードは絶品だった。

 後日、アサードのお返しとして寿司屋「さくら」に招待した。外国で食べる寿司にしてはまあまあである。味噌汁とてんぷらはなかなか美味しかった。ワサビまで用意されていた。エクトルもハビエルもマリア・エリーナも美味しい美味しいと言って食べていたが、奥さんのエルサは生ものが苦手のようだった。しかし皆なかなか上手に箸を使っていた。ビール2本で酔ってしまった。帰りがけ、寿司職人と店主と一緒に記念写真を1枚。夜の世界遺産をドライブして帰った。出費は多かったものの、皆に満足され、ちょっとご機嫌な一夜だった。

 翌日、クンベという村に親戚がいるので「クエ」を食べに行こうと誘われる。クエとはクエンカの郷土料理で、ネズミの丸焼き料理だ。インカ時代からの料理だそうだ。さすがに、ご飯の上にクエの丸焼きが腹ばいになって出てきた時は、びっくり仰天してしまった。味は鶏肉に似て格好美味しいが、ドブネズミの親分みたいなのを口にする時は、さすがに抵抗があった。後でクエを見せてもらったが、大きなモルモットという感じで、とても可愛い。「クエッ、クエッ」っと鳴くことからその名が付いたそうだ。沢山のクエを飼育しており、近所から大勢の家族が集まってきた。皆メスティーソ(インディオと白人の混血)だ。遥かアンデスを見渡す、素晴しい景色だ。寿司の敵をクエで取られたといったところか。今夜はドブネズミの襲撃にあいそうだ。

 そんなこんなで色々あるが、私が外出するときは、キスをし、十字を切って無事を祈ってくれる。習慣も違い、口うるさいが心優しきご夫婦である。彼らの生活スタイルに合わせ、気楽に楽しくやっている。

 

平成20年10月12日

須郷隆雄


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