エクアドル便り40号

いのちの水

 

 生命の源である水をめぐり、様々な問題が深刻化している。全世界で6人に1人、11億の人々が安全な水を得られないでいる。水や衛生に起因する病気で亡くなる乳幼児は年間200万人に上るという。

 沖大幹東大教授は、「水の問題は分配の問題である。日本人は生活用水として1日300リットル以上を使うが、そのうち生きていくために必要な飲料水は1日約2リットル。途上国ではそのわずかな水が手に入らずに、人々が貧困から脱け出せずにいる」と指摘する。途上国の人口増加により、食糧生産に必要な農業用水の需要が伸びているのに加え、産業化や都市化が進み工業用水、生活用水の使用も増えている。川や地下水の枯渇による水不足の深刻化、更に水質汚染の問題も広がっている。1人1日当たり最低20リットルの安全な水が住居から1キロ以内の距離に確保されている人口の割合が100%の国は、欧米始め先進国のみだ。アフリカの多くは50%以下である。エクアドルは90%以上確保されている。

 しかし、エクアドルの農村部、インディヘナ居住区を回ると最初にあげられる問題は水だ。灌漑用水もさることながら、飲料水にもこと欠いている。4000m近くの高地には殆ど木が生えず、山の貯水機能がない。アルカリ質で、都市部でも食器を洗い、拭かずにおくと石灰粉が白く残る。飲料水には不適で、20リットルタンクのミネラル水を常備している。最近は日本でも何とかの水といって飲料水を購入しているが、「瑞穂を平らけく安らけく斎庭(ゆにわ)に知らしめせ」と歌われた「大八洲豊葦原の瑞穂の国」からは考えられない。しかし世界中で6人に1人が安全な水を利用できない情況を考えれば、日本は異常な国と考えるべきなのかもしれない。

  

    水確保に苦慮する村人                  灌漑用水路

 食料自給率39%の日本は、穀物や肉類など多くの食物を輸入しているが、それらの生産には大量の水が使われている。沖教授は「小麦1キロの生産に約2トン、牛肉には約20トンもの水が消費されている。世界の水不足や水の需給バランスの崩れは、食料問題と密接に関わっている」と強調する。日本は海外から輸入する食料の生産に使われる水を、仮想水(バーチャルウォーター)として間接的に使用している。その量は年間約640億トン(琵琶湖の貯水量の約2.5倍)にも上る。うち145億トンがトウモロコシ、140億トンが牛肉の生産に使われている。因みに乳製品は22億トンだ。アメリカからの輸入仮想水は389億トンに上る。日本は食料だけでなく、水の輸入大国でもある。

 日本の食糧自給率はわずか39%。他方で食料廃棄率は25〜30%にも上る。食料輸入がなくては生きていけない日本。世界の食料事情に何が起こっているのか。中国、インドなどの新興国の成長と人口増加による食糧需要の増大、原油高や地球温暖化を背景にしたトウモロコシやサトウキビのバイオ燃料化、更に旱魃や洪水など地球規模で発生する気候変動、そこに投機資金の流入まで加わり食料価格が一気に高騰した。世界では全人口を養うのに十分な食糧生産があるにもかかわらず、食料の過剰と不足が隣り合わせにある。食料を輸入に依存する貧しい途上国は価格の高騰で食料の確保が難しくなり、栄養不足と飢えが深刻化している。世界の栄養不足人口は10億人に近いとういう。安全な水を得られない人口に匹敵する。

 エクアドルでは、ある統計によると人口の8割近くが貧困状況にあり、うち2割は極貧状況にあると言われている。富の6割を2割の富裕層が握り、2割の下位所得層は2.5%の富の分け前にしか預かっていない。食料の過剰と不足が隣り合わせにあるのと同様に、富の分配の格差が隣り合わせにある。

 食料を金で買えない時代が近づいている。自国の食料は自前で賄う。それが世界の常識、世界の責務となる日が近いのではなかろうか。持続可能な循環型食糧生産が求められている。水という観点からも、もう一度食料生産のあり方を考え直す時期に来ているように思える。

 

平成21年5月7日

須郷隆雄