エクアドル便り52号

昼の憩い

 

 NHKのラジオ番組に「ひるのいこい」というのがある。既に半世紀を越える長期番組だ。1950年に開始された「農家のいこい」の後を受け、1952年に「ひるのいこい」として放送が開始された。2008年に編成見直しにより「ふるさとラジオ」に内包されたそうだ。しかし、古関裕而作曲「昼の憩い」は今も中高年の人気を集めている。農林水産通信員からふるさと通信員に名称は代わったものの一時代前の音楽に乗せ、ふるさとの情報を伝える。のどかな農村風景を彷彿とさせ、時間が停止したようで、心が和む。

 私にとって昼食時はまさに「ひるのいこい」である。エクアドルに来て昼食をとる時間帯は概ね1時から3時の間だ。当初は手当たり次第に目に付く店に入っていた。ただ生きるために腹に詰め込むのが目的であった。しかし、回を重ねるうちに1人で食べる昼食にも憩いを感じるようになった。そして、店も次第に収斂されてきた。いわゆる馴染みの店だ。

 時々浮気をするものの、概ね3軒に足を運んでいる。1軒は中心街からやや北にあるPORTON DORADO(金の扉)、もう1軒は中心街スークレ公園の近くにあるAJO MACHO(にんにく筋肉マン)、さらに1軒は雑然とした駅南側の中華調理「海城酒家」だ。

  

      金の扉のマスター                          海城酒家

「金の扉」はその名が示すとおり入り口の扉は金色だ。金を使っているわけではない。店は静かで高級感もある。いつも一時代前のアメリカ音楽がかかっている。客は極めて少ない。商売っ気がないので、時々断りもなく休業する。大きなアパートを持っているので仕事は片手間のようだ。客は概ね常連だ。おじいさんがいつも1人で来ていたが、最近見かけない。奥さんは鬼瓦のような顔をして、一見無愛想に見えるが話してみるとなかなか親切だ。料理人でもあり、味も上等だ。特に最後に出てくるデザートは手が込んでいて他の店には決して引けをとらない。ご主人は接客係だ。いつも白い前掛けをして「プロベッチョ(召し上がれ)」と言ってやって来る。ちょっと優男で、気の弱そうな感じだ。鬼瓦にはうってつけの連れ合いかもしれない。婦唱夫随と言ったところか。ゆっくりと時間を過ごせるのがいい。

「筋肉マン」はその名とは裏腹にヘルシー料理だ。なぜマッチョと付けたのか解らない。当初はにんにくいっぱいのスタミナ調理だったのかもしれない。ビルの奥まったところにあるので、通行人には解りにくい。カウンターで可愛らしい看板娘が出迎えてくれる。いつもの奥まった隅の席に座る。何も言わなくても、ジュース、スープ、定食、デザートの順にてきぱきと運んでくる。看板娘と兄弟のような顔をした男の子だ。最初は何処の国の人だろうと警戒していたが、最近は愛想よく迎え、定席に案内してくれる。特に美味しいという訳ではないが、なんとなく若やいだ明るい雰囲気が気に入っている。AJO MACHOとデザインしたオリジナルのチョコをくれるのもいい。

「海城酒家」は言うまでもなく中華料理屋だ。中華屋さんはこの小さな町に10軒以上ある。特別に美味しく、特別に綺麗という訳でもないが、常連になった訳は他にある。この国の中華料理は、2人前はあろうかと思えるほどのてんこ盛りだ。とても1人では食べられない。炒飯のことをチャルラハンというが、山のような炒飯をこの国の人々はぺろりと平らげる。何とも不思議な胃袋だ。しかもこの炒飯が大好きのようだ。私は1品料理を注文するが、「半人前」を受け付けてくれる。他の店ではそれがない。それにカウンターにいる日本人形のような可愛いママだ。とても中国人とは思えない。時々風采の上がらない亭主が出てくるが、見たくはない。三国志の劉備を助け功のあった容貌魁偉、美髯の関羽の像が飾ってある。

拠る年波、知力、体力、気力ともに衰えを感じる。特に体力の衰えを身にしみて感じる。料理は苦手と言ってはいられない。朝は玉ねぎ、きゅうり、トマトにレタスを刻んで、塩とレモンとオリーブオイルで和える生野菜。夜は野菜スープに日本食事文化基本法に則った猫まんま。昼が体力維持の正餐だ。気持ちよく愉快に、しかもゆったりと味わいたいものだ。

「昼の憩い」を求めて、アンデスの麓、男一匹今日も行く。

 

平成21年9月11日

須郷隆雄