エクアドル便り59号

進化論の舞台ガラパゴス(生物進化の実験室)

 

ユネスコに登録された世界遺産は878件(2008年7月現在)ある。世界遺産とは、「世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約(世界遺産条約)」に基づき、世界遺産リストに記載されたものだ。文化遺産679件、自然遺産174件、その両方の登録基準を有する複合遺産25件がある。また、無形文化遺産として日本の能楽や歌舞伎を含め、90件が記載されている。ガラパゴス諸島は1978年に世界自然遺産第1号として登録された。

ガラパゴスはエクアドル本土から西約900kmの南東太平洋上にあり、219の大小の島々と岩礁からなる。その総面積は7944平方キロ。300〜500万年前に出来た島で、現在も火山活動が続いている。ナスカプレートに乗って年間5〜7cm東南東、南米大陸に向かって移動している。そのため、ガラパゴスは東側が古く、西に行くほど新しい火山島と言える。ガラパゴスはスペイン語で「ゾウガメ」という意味である。

ガラパゴスは1535年、スペイン人司教ベルランガがインカ帝国征服後、伝道師として向かう航海の途中、偶然に発見された。しかしガラパゴスの名を世界的に知らしめたのは、ちょうど300年後の1835年英国海軍の測量船ビーグル号に乗ってやってきたチャールズ・ダーウィンである。当時26歳であった。その年の9月15日から10月20日まで滞在し、地質調査を行った。その記録は「ビーグル号航海記」(1839年)や「種の起源」(1859年)に記されている。

 

 

ガラパゴス諸島は海底火山で出来た島であり、絶海の孤島である。赤道直下の強烈な太陽に晒され、しかも南極からのフンボルト海流やパナマ海流、クロムウェル海流の合流する位置にある。ここに生きる動植物は大陸から木や枝に乗って流されてきた漂流者たちだ。南米大陸には多くの両生類が生息しているが、ここにはカエルやイモリは1種類も存在しない。陸生哺乳類は1種類のネズミと1種類のコウモリがいるだけである。大陸から900キロの大洋を越えて、生き延びる抵抗力を持ち合わせた種のみが生きながらえた。遠い島に到着したこの漂流者たちは、時を経るとともに、他のいかなるところでも発見できない独特な固有の種を作り上げた。世界の海に続く海産種はともかく、脊椎動物、無脊椎動物そして種子植物などの陸産種はいずれも固有種が50%を越えている。ガラパゴスが「生物進化の実験室」と言われる所以である。

ガラパゴスはスペイン人司教ベルランガに発見されて以後、スペイン船の金などの積載物を狙う海賊の隠れ家として利用され、食料としてヤギが放たれた。やがて捕鯨船によるゾウガメの捕食やヤギの繁殖も行われ、入植者も増えていった。今では2万人ほどの居住者がいる。観光客も増加し、欧米客を中心に年間12万人を越える。日本人客も1500人に上るとのことだ。自然と人間、開発と環境のせめぎ合い、生態系に異変をもたらしつつある。入植者によって持ち込まれたヤギ、マラリヤの特効薬として持ち込まれたエクアドル国花「アカキナノキ」、エルニーニョなどの気象変動の問題もある。共存関係の崩れから海イグアナと陸イグアナの交尾によるハイブリッド種なども問題視されている。急速な観光化、環境汚染、外来種の繁殖、横行する密漁など多くの問題を抱え、2007年に危険遺産にも登録された。

そこで、観光客に対する規制も強化された。外国籍旅行者は1人当たり100ドルの入島料を支払わねばならない。ビジター・サイトは60ヶ所の陸上と62ヶ所の海洋に限定されている。しかも上限16名のグループに分かれ、ナチュラリスト・ガイドが同行する義務が負わされている。ホテルに滞在し、デイクルーズ船で毎日往復する滞在型、クルーズ船に泊まりながら島々を巡る周遊型の二通りの観光方法に固定されている。また、生態系を脅かす物資の持ち込みや持ち出し、動植物への接触や恐怖心をあおる行為、タバコやごみなど一切禁じられている。

偏狭の地の象徴として「チベット」、発祥の地として「メッカ」が使われることがあるが、特異な進化をした事物に対して「ガラパゴス」と呼ぶことがある。琉球列島や小笠原諸島が「日本のガラパゴス」と呼ばれたり、「日本は携帯電話のガラパゴス」とも言われたりする。

 「ON THE ORIGEN OF SPECIES BY MEANS OF NATURAL SELECTION OR THE PRESERVATION OF FAVOURED RACES IN THE STRUGGLE FOR LIFE(自然選択と適者生存による『種の起源』)」が世に出されたのは1859年、チャールズ・ダーウィン50歳の時だった。 八杉龍一訳による『序言』の「私は軍艦ビーグル号に博物学者として乗船し航海しているあいだに、南アメリカの生物の分布やまたこの大陸の現在の生物と過去の生物との地質学的関係にみられる諸事実によって、つよく心をうたれた」で書き始まっている。

 いよいよ進化論の舞台ガラパゴスへの旅立ちだ。

 

平成21年10月19日

須郷隆雄