エクアドル便り68号

革職人エルイン・テネレマ

 

 我々の事務所の近くに革修理の店がある。兄弟2人で細々と営んでいる。この辺りの店はよく観察しているので、どういう店がどんな人たちで営まれているのか大体解る。小さな子供のいる店は、飴を上げて手なずけている。毛色の変わったのが1人、ぶらぶら歩いては話しかけているので、店の人たちも大体私のことを知っているようだ。

 履きくたびれた運動靴の底が大分磨り減ってきた。最早寿命の域に達しているが、念のため革修理の店に行って聞いてみた。今すぐ直すと言う。手際よく底をはがし、ボンドを塗り、ゴムを貼り付け、ミシンで縫いつける。あっという間に出来上がりだ。「いくらだ」と聞くと、「1ドル50セント」と言う。あまりの安さに驚く。2ドル払うと1ドルでいいと言う。なかなか感じのいいお兄ちゃんだ。「アミーゴ」と言って別れた。名はエルイン・テネレマという。舌を噛みそうだ。

 エクアドルには修理職人が多い。しかも信じられないほど安い。以前、キトでリックサックを切られ買い換えようと思ったが、何となく惜しい気もして修理屋に出してみた。これも何と1ドル50セントだった。そのリックを今も大事に使っている。そのおばちゃんとも毎日の行き帰り、挨拶し合う仲になった。

日本では修理に持って行くと嫌な顔をされる。むしろ修理代よりも買った方が安い。「もったいない」が世界的流行語になっているが、最早修理職人がいない。その点、エクアドルは修理天国だ。「もったいない」を地で行っている。とっくに耐用年数が過ぎていると思われる車でも、修理に修理を重ねガタピシと乗っている。
             

  真珠まりこの絵本            革職人エルイン・テネレマ兄弟

「もったいない」とは、仏教用語の「勿体(もったい)」を否定する語で、物の本来あるべき姿がなくなるのを惜しむ気持ちを表している。日本の民俗信仰である神道においては「散る桜の花びら」や「吐息の一つ一つ」にまで命が宿るとされ、森羅万象に対して慈しみと感謝の念を持って接してきた。その心根が「もったいない」という価値観の根底に流れているという。ケニアの環境保護活動家でノーベル平和賞の受賞者ワンガリ・マータイが、「もったいない」に感銘を受け世界中に広めた。自然や物に対する敬意や愛と意思を込めた言葉、消費削減(リデュース)、再利用(リユース)、再生利用(リサイクル)、尊敬(リスペクト)の概念を一語で表す言葉が見つからず、そのまま「MOTTAINAI」を世界の共通の言葉とした。NHKの「みんなのうた」で、ルー大柴が「ないないない、もったいない」と歌い、真珠まりこの絵本「もったいないばあさん」が話題を呼んだ。

Gパンの股の辺りが擦り切れてきた。ちょっと恥ずかしいので、アミーゴのお兄ちゃんのところに行ってみた。聞いてみると直ると言う。早速Gパンを脱いで修理してもらう。私のパンツ姿を見て、妹が恥ずかしそうにしていた。分厚い本が置いてある。よく見ると聖書だ。その本をめくっていると「クリスチャンか」と聞く。「ブディスタだ」と言って、手を合わせる格好をして見せた。「神は1人だけか」と聞くので、「自然は全て神だ。鰯の頭も信心からという。ようは心だ」と訳の解らないことを言うと、「万物は誰が作ったんだ」と聞いてきた。これには参った。これ以上話しても収拾が付きそうにないので、話題を変えた。日本には結構関心があるようだ。とりあえず「おはよう」「ありがとう」「さよなら」だけ教えた。Gパンをはき「いくら」と聞くと、「お代は要らない」と言う。前回も負けてもらい、今回はただと言うわけには行かない。1ドルを握らせ、帰ろうとすると、「EVANGELIO(エヴァンヘリオ)」のしおりを4枚ほどくれた。インディヘナの信者が多く、豪華なカトリック教会とともにこじんまりしたエヴァンヘリオ(福音)教会も多い。「天地創造」や「懺悔」、「人の罪深さ」などが書かれていた。怠惰な生活を懺悔する必要がありそうだ。

「エヴァンヘリオ」はスペイン語、ギリシャ語で「エヴァンゲリオン」、英語で「ゴスペル」、日本語で「福音」、元々は「良い知らせ」という意味のようだ。庵野秀明のアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」が一時ブームになった。

翌日、エルイン・テネレマ兄弟に大使館から貰った日本文化紹介の冊子とたった1つだけ残っていたキティーちゃんの絵入りの「駐輪禁止」の壁掛けを持って訪れた。旧式の手動のミシンを踏みながら仕事に励んでいた。

 

平成21年11月25日

須郷隆雄