エクアドル便り82号
女医ヘイミ
エクアドルは肉から野菜に至るまで、食べるものは全てが硬い。人間が硬い訳ではない。1年もいると歯を悪くするのも当然だ。おかげでブリッジしていた奥歯にひびが入ってしまった。やむなくキトの歯医者で抜くことになった。COIEという歯科医院だ。キト市内に3医院を持つ。なかなか小奇麗で設備も整っている。
10月13日午後3時、予約の時間に行くとまだドアが閉まっていた。やがて白衣の女性がやって来て受付をする。名前を言うとキスまでする。診察表に書き方を教えてくれる。受付嬢か看護婦かと思っていると、これが何と女医ヘイミだ。お友達のようで医者の威厳はないが、気さくで愛嬌があり美人で、一気に気に入ってしまった。
初日はレントゲンで写真を撮り、それをコンピューターの画面で見せ、説明してくれた。やはり抜かなければだめなようだ。他にも虫歯があり、前歯も問題だと言う。それはとりあえず日本で治すことにして、抜歯をお願いする。翌日大学教授という先生がやって来て、あっという間に抜いてしまった。痛みをこらえて、その翌日確認検査を受ける。経過は上々とのこと。3日掛りであった。年明けにインプラントをすることになった。
COIE歯科医院 受付
インプラントの起源は紀元前まで遡るという。インカ文明のミイラからエメラルドのインプラントが発見されている。古代ローマの頭蓋骨からは鉄製のインプラントが見つかっている。しかし、現在のように普及する発端になったのは、チタン製のインプラントが登場した1960年代以降と言われる。
年が明け、2月10日午後3時に伺う。既に4ヶ月を経過していた。「予約受付は12日の午後3時だ」と言う。そんなはずはない。しかし争っても仕方がない。ヘイミを呼んで状況を聞く。インプランをこと細かく説明してくれた。紹介状を書いてもらい、顎のCTスキャンを撮る。結果は24時間後とのこと。予約ミスも結果オーライであった。例の教授先生の診断により、月末は海外研修があるとのことで3月5日に実施が決まった。
恐る恐る午後3時、ドアを開ける。電気が点いていない。「電柱が倒れて停電だ」と言う。「復旧まで4、5時間かかる」と言うではないか。前回は予約ミス、今回は停電、何たることか。とても考えられない事態だ。冷静さを取り戻し交渉の結果、明朝7時半に実施することになった。
7時半、ドアはまた鍵がかかっていた。教授先生ロベルトがジーパンに手術衣を羽織ってやってきた。看護婦と事務所管理人がやってきた。漸く女医へイミがやってきた。ピッチピチのタイツ姿である。手術前というのに、目の毒だ。ドアの鍵を開け、手術室へ。ロベルトとヘイミがお喋りしながら手術をしている。順調のようだ。30分ほどで2本のインプラントを完了した。ロベルトが「ペルフェクト(完璧)」と握手を求める。ヘイミがお尻に痛み止めの注射をして無事終了だ。レントゲン撮影でインプラントの情況を見せてくれた。意外に簡単に終わってしまった。出血もあまりない。しかし手術後縫い合わせた糸の端が舌に当たって痛い。翌週経過観察、翌々週抜糸ということになった。
エクアドルの医療水準は決して高いとはいえない。しかし国民保険制度が採られ、国民健康保険に加入していれば無料で医療が受けられる。また、5歳児までは診察、薬、予防接種など全てが無料、妊娠中及び授乳期の母親も無料だ。南米は大抵そうだが、診療と薬、検査は完全分業制である。これが我々にはどうにも煩わしい。近代医学とともに今でも伝統医療が取り入れられている。ヤチャックとかシャーマンのような祈祷師による不可思議な治療も行われている。「病は気から」ということなのだろう。風土病として、デング熱、黄熱病、マラリアなどがある。歯医者が多いのも特徴だ。硬いものを食べているせいであろう。
最近は防衛策としてよくスープを作る。玉ネギ、にんじん、ピーマンにトマト、野菜は何でもミキサーにかけ牛乳を混ぜ、スープの素をベースに作る。何だか訳の解らないスープだが、手間もかからずバランスも良くこれが結構いける。時にはチーズやハムも一緒にミキサーする。私はこれを「ねこまんま風おとこのスープ」と呼んでいる。生きるためには色々考えるものだ。まさに「楽しい初体験、驚きの新発見」である。
歯茎が固まる4ヶ月先に奥歯が装着される。それまでまた不便な食生活を続けなければならない。予約ミスも停電もなく無事完了したいものだ。10ヶ月に亘る長期戦だ。食べるものは硬いが、そこに住む人間が硬い訳ではない。日本人の目から見れば大らかと言うべきか、ルーズと言うべきか、エクアドルの生活習慣を垣間見ることが出来た。
平成22年3月6日 須郷隆雄