エクアドル便り97号

バレエ「ドン・キホーテ」

 

 「バレー」なのか「バレエ」なのか、人によって異なる。専門家筋の意見は「バレエ」のようだ。どちらでも大した問題ではないと思うが、スペイン語では「バレ」だ。

 エクアドル国立バレエ団30周年記念公演があった。演目は「ドン・キホーテ」だ。バレエに関心も知識もあるわけではないが、演題に惹かれて行ってみた。満員御礼だ。正面に陣取り開演を待った。

 幕が上がる。ドン・キホーテ宅だ。騎士物語にとりつかれ、読みふけっているうちに気がおかしくなり、現実と空想の区別がなくなり本物の騎士になったと思い込んでしまう。近所にいた気の弱い農夫サンチョ・パンサを従え、老いぼれ馬ロシナンテにまたがり、ドルシネア姫に会うための旅に出る。そこで繰り広げられる人間模様をクラシックバレエに集大成したものだ。音楽はレオン・ミンクス作曲のその名も「ドン・キホーテ」だ。ドン・キホーテ自身の役回りはどちらかと言えば狂言回しだ。踊る場面は無い。バレエそのものは、小説「ドン・キホーテ」後編19章から22章の床屋の息子バシリオと宿屋の娘キトリの恋物語である。

  

    再び旅に出るドン・キホーテ             グラン・バ・ド・ドゥ

 スペインのとある市場。床屋の息子バシリオと宿屋の娘キトリは愛し合っているが、父親は金持ちのガマーシュと結婚させたいため、2人の仲を許してくれない。闘牛士も現れ、活気づく街に突然風変わりな風貌のドン・キホーテが現れる。ドン・キホーテはキトリをドルシネア姫と思い込んでしまう。キトリ役のジュリア・ヴィダルとバシリオ役のホセ・イグレシアスの踊りが観客を魅了する。周りのバレリーナが2人を盛り上げる。ドン・キホーテ役のセサール・オルベとサンチョ・パンサ役のエドガル・ハダンがスパイスを添える。

 バシリオとキトリは駆け落ちをし、ロマの宿営に辿りつく。2人を追いかけてドン・キホーテたちもやってくる。ドン・キホーテは風車を巨大な敵だと勘違いして突撃し、意識を失う。スペインを象徴する騎士ドン・キホーテがオランダを象徴する風車に敗れる。意識を失ったドン・キホーテは夢の中でドルシネア姫に会う。結婚を認めないキトリの父親に対し、バシリオは狂言自殺を図る。その演技に騙された父親は2人の結婚を認める。ブルー一色の静かな舞が繰り広げられる。

 キトリとバシリオの結婚式が盛大に行われる。キトリとバシリオの踊る有名な「グラン・バ・ド・ドゥ」が場面を盛り上げる。ドン・キホーテはサンチョ・パンサを従え、ロシナンテにまたがり、ドルシネア姫を探してまた旅に出る。2時間にわたる感動の演技と舞であった。全員が席を立ち、「ブラボー、ブラボー」の声、拍手が鳴り止まなかった。

 年老いても夢や希望、正義を胸に遍歴の旅を続ける姿が多くの人の感動を呼ぶのであろう。セルバンテスのこの「ドン・キホーテ」は聖書に次ぐ出版数を誇り、世界最大のベストセラーでもある。エルネスト・チェ・ゲバラもセルバンテスを愛読していた。松本幸四郎の当たり役、ミュージカル「ラ・マンチャの男」は2000回のロングランだった。主題歌「見果てぬ夢」が聞こえてくる。ドストエフスキーは「人類の天才によって作られたあらゆる書物の中で、最も偉大で最も物悲しい書物」と激賞している。「ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ」永遠の名作である。

 

平成22年6月9日

須郷隆雄