エクアドル便り番外編

サチコは幸せだった

 


サチコは1人、草葺きの庵に住んでいた。

親が誰なのか、何処で生まれたのか知らない。

小鳥の囀りを聞き、野に咲く花を見、自然が友だった。

サチコは幸せだった。

 

朝日とともに起き、小さな籠を背に鎌を持ち畑に行く。

1日の糧を得るため昼まで野良で働く。

昼からは野の花を生け、書を読み、心静かな時を過ごす。

サチコは幸せだった。

 

夕日が沈み、星が空を覆い、月の明かりで床につく。

虫の鳴き声に耳を傾け、障子に映るススキに1日の疲れを癒す。

松を吹く風が子守唄だった。

サチコは幸せだった。

 

ある日少年がやってきた。

何処から来たのか、何処に住んでいるのか、名前すら知らない。

サチコはその少年に恋をした。

少年もサチコに恋をした

サチコは幸せだった。

 

やがて少年は家族のもとへ去っていった。

しかしサチコの心に少年は残った。

空を染める夕日の中で、サチコはうたた寝をしていた。

松風がサチコのほほを撫でて行った。

少年のほほを撫でる手に、サチコはかすかに微笑んだ。

サチコは幸せだった。

 

サチコは草葺きの庵で1人、今も暮らしている。

自然を友とし、野良に出、花を生け、松風を子守唄に眠る。

サチコの心の中に少年は生きている。

それだけでサチコはとても幸せだった。

 

平成22年1月1日

須郷隆雄