ラス・リラス便り

第 4 号

平成1751

アルゼンチン国コルドバ州ビジャマリア市

須郷 隆雄

 

 今日は打って変わって寒い日だ。

 昨日は30度近くまでなり、秋とは思えないほどの暑さ、町はほとんどが半袖姿であった。夜半から雷雨。朝は小雨混じりの南風。気温は一気に下がり、10度を下回る。夏から真冬の到来だ。

 寒さのせいもあり、ラス・リラスへは12時近くになる。さすがに通りにはテーブルは出ていない。今時分、普通なら満席であるが今日は半分程度、空席が目立つ。何時ものコルタードを注文する。今日は何時もの場所に新聞がない。

 向いの席に、なにやら恋人らしき2人連れが手を握り、目を見つめあい、顔が接するほど近づけて話している。

 隣のテーブルの老人が席を立つ。残された新聞を拝借、エル・ディアリオ、コルドバの新聞だ。市役所の専用車にトヨタ・カローラが選ばれたと書いてある。ちなみに1台48,603ペソ、日本円にして200万ほどだ。決して安くない。日本車では、唯一トヨタが現地生産を行っている。ビジャマリアには代理店もある。綺麗な車だなと思われるのは、大体日本車かドイツ車、米国車だ。欧州車は殆どがぼろ車。しかしこの国の人は、本当に車好き。ばらばらになりそうな車を大事に、大事に乗っている。自国の自動車メーカーはない。

 先ほどの恋人らしき2人連れ、次第に接近度が増してくる。手から腕へ、互いに手を顔に当てたりもする。女の左手薬指に金の指輪、新婚かな、まさか不倫では。なぜか左手人差指に血豆がある。一般に既婚者は金の、未婚者、非婚者、離婚者は銀の指輪だ。

 今日はまた、テレビHがかかっている。音楽専門の番組だ。珍しくフォルクローレを歌っている。昨日、コルドバでタンゴとフォルクローレ、それにフォルクローレの舞踏練習曲チャカレーラのCDを買ってきたばかりだ。アルゼンチンのオリジナル音楽は2つある。言うまでもなく1つはタンゴだ。そしてもう1つはフォルクローレである。タンゴはブエノスを中心とする都会で、フォルクローレは北東部を中心とする地方で人気がある。フォルクローレはガウチョの音楽なのだ。愛好者は概して年配者に多い。若者は日本と同様、速いテンポの音楽が好みのようだ。日本は今、タンゴが静かなブームと聞いているが、ブエノスアイレスでは日本人ダンサーが結構活躍している。習いに来ている人も多い。獣医師でダンス教室を開いているという、つわもの日本人女性もいる。ところで今、私は友人教師に勧められ、フォルクローレの踊り方を習っているところだ。当校が開催している市民講座だ。10人の生徒がいる。皆年配者だ。初心者は私だけ。サパテーロというタップが難しい。なかなかリズムに乗り切れない。こちらの人は音楽を聞くだけで体が動く。盆踊りなら得意なんだが。こちらの人にとっては、フォルクローレは盆踊りのようなものなんだろう。学校帰りにステップを踏んだり、部屋では下の人の迷惑を顧みず、サパテーロをタップしてみたり、特訓中である。帰国時にはガウチョスタイルでスカーフを振りながら、仲間と対等に踊れることを夢見ながら。とにかく三日坊主にならないことだ。

        

       フォルクローレ          市内を流れるクタラムチタ川

 先程の2人連れ、男が勘定をしようとすると女が制し、その指輪の女性が支払う。どうも怪しい。男は指輪をしていない。互いに腕を腰に回し、我がマンションの方に帰っていった。

 1歳半ぐらいの女の子が、ドアを開けようとしている。4歳ぐらいの姉が連れ戻す。また開けようとする、連れ戻す。この繰り返しだ。よほどドアが気に入ったようだ。二人とも母親に似てとても可愛い。

 雨が上がる。しかし、どんよりとした曇り空、しかも風もある。寒そうだ。ジャンパーをはおり、ドアを開ける。先ほどの1歳半の女の子が大きなどんぐり眼で「あ〜ぁ」と大声を上げる。小さく手を振り、襟を立て、寒空の通りに出た。
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