ラス・リラス便り

第 7 号

平成17520

アルゼンチン国コルドバ州ビジャマリア市

須郷 隆雄

 

 夕方、何時ものラス・リラスへ。

店の前に珍しく人だかり。行商人らしき人を子供たちが取り囲んでいる。なにやら楽しそうだ。商品らしきものはあまり無い。アルゼンチン版フーテンの寅さんかな。

店は相変わらず混んでいる。年の頃30代から40代の女性グループ客が多い。何時ものように新聞を手に、コルタードを注文。隣の客が椅子を1つ持っていく。コルドバ出身のプロ・ゴルファー、アンヘル・カブレラがイギリスのダンロップ・マスターズで善戦していると書いてある。

アルゼンチンはまだ、ゴルフ人口は少ないようだ。良く行くコルドバ近郊にあるカルロス・パスのゴルフ場は、予約の必要は無い。何時でも、誰とでも、何人でもプレーが出来る。1ゲーム20ペソ(約800円)だ。さらに1ゲームやっても追加料金は取られることも無い。掘立小屋のようなクラブハウスらしきものはあるが、出るのは飲みものと軽食程度だ。トイレも簡易なもの。フェアウェーもあまり手入れが行き届いておらず、グリーンも同様だ。しかし景観は最高だ。回りはぐるりとコルドバ丘陵に囲まれ、月世界でプレーしているような錯覚に襲われる。ゴルフ場内には羊が草を食んでいるし、360度首を回す梟のような鳥もいる。テラテラと鳴くウミネコのような鳥もいる。テラテラと鳴くから名前もテラだそうだ。更にシャンピニオンまで生えている。夕食用にビニール袋を持っていくと、あっという間に一杯になる。長閑なアルゼンチン的ゴルフ場だ。彼らの名誉のために言っておくが、このようなゴルフ場ばかりではない。世界大会も行えるゴルフ場はちゃんとある。我々の仲間は通常、シニア・ボランティア夫婦と日系2世それに彼らの友人のアルゼンチン人だ。ほとんどが顔なじみで挨拶が大変だ。こちらのゴルフは18ホ−ル休みなし。相変わらず110前後をうろちょろしている。一向に上達しない。しかし、とにかく楽しいゴルフである。

先日、ゴルフ道具を購入した。500ドル。こちらの人の概ね2月分の給料だ。ビジャマリアにもゴルフ場があることから、無理して買ってしまった。私の大学では、やる人は1人だけ。しかも道具は持っていない。一緒に使い、しかも彼の友人の工業大学の教授も誘い、何とか週一ゴルフを楽しんでいる。コルドバの日系医師の紹介で、ビジャマリアの医者も仲間に入れ、それでも足りない時は他所のグループに仲間入りさせてもらうこともある。こんな厚かましいことは日本では考えられなかったが、アルゼンチンでは気軽に出来てしまうのが不思議だ。私の友人教師が、そのゴルフ道具を日本に持って帰るのかと聞く。どうもこの道具を狙っているようだ。ただで渡すにはちょっと惜しい気がする。しかし、この禿げタカどもに狙われては、置いてくしか無いかもしれない。

        

        ゴルフ場で草を食む羊         日系のゴルフ仲間と豪邸

また1つ椅子を若者4人組が持っていく。どうもむさ苦しい奴らだ。女性は概して綺麗だが、若者は一般にうす汚いのが多い。

行商人、ちょっと子供が減ったが、相変わらずの人気者のようだ。旅から旅への寅さんか。色々な出会いがあるだろうな。自由気ままな人生。なかなか出来ないところに夢がある。今やフーテンの寅は名画だ。釣りばか日誌も好い。最近、山田洋二監督は、シリアスに藤沢周平ものを手掛けているようだ。「たそがれ清兵衛」、ほのぼのとした気分にさせてくれる。

今度は家族連れが椅子を持っていく。最早小さなテーブルと私が座っている椅子のみ、何だかぎこちない。ズボンを脱がされたような気分だ。

昨日ゴルフの後で、コルドバ市の市民ホールで北野武の座頭市を見た。大変な混みようだ。若い世代が多い。新しいものへの関心はどこの国でも若者だ。笑いと涙、善と悪を交えて、とても含蓄のある映画だ。最後の場面が好い。悪党の親分「目明きなのに何故目盲のまねをしてるんだ。」、座頭市「目盲のほうが世の中のことが良く見えるんだよ。」

以前ラスト・サムライを見た。日本を題材にした外国映画は、笑っちゃうようなのが多い。しかし、これはなかなかの出来栄えと感心した。学校の先生方にも見せたが、日本の侍をどう見たことか。部屋の前に、私の剣道姿と兜の写真を飾っている。仲間は日本の侍と私を呼んでいる。

昨夜は映画の後、ロサリオから来た67歳の元製鉄会社勤務のシニア・ボランティアと食事をともにしたため帰宅は深夜の3時だった。昼頃起き、ベッドの中で飯島夏樹の「天国で君に逢えたら」という本を読んでいた。これは肝臓癌で余命宣告を受けた188日間の命の記録だ。「不幸は幸福のみちしるべ」という下りがある。確かに不幸が家族の絆、幸せとは何かを教えてくれることがある。不幸=幸福、死=生、悪=善。逆の立場を経験して、初めて真理を会得出来るのかもしれない。正に色即是空である。

フーテンの寅さん、また人だかり。なかなかの人気のようだ。

犬が入ってくる。頭を撫でるとまた足を乗せてくる。人懐こい犬だ。

かなり混んできた。喧騒の中にいると何故か落ち着く。

フーテンの寅さんに別れを告げて帰る。上弦の月があまりに綺麗だったので、前の公園を1周して我が家へ戻った。月がとっても青いから〜♪。
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